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花背から黒田の春日神社へ

2012.10.8  日記 

連休はどのようにお過しでしょうか?

お天気に恵まれ、行楽に出掛ける車で道路も渋滞しているようですね。 

昨年の今頃は北山杉の里で、あけびや栗など秋の風物詩を求めてカメラ片手に歩いていたのを思い出します。

 

一年を通して見ていると、自然の営みは変わらないなぁと感心する一方で、建造物などはどんなに手入れをしていても年月とともに、あちらこちらが傷んでくるのは致し方ないと思い知らされます。

 

先日、京都市域産材供給協会の部材確認に同行して訪ねた花背の製材所。

今日は作業場で見つけた、大きな太い柱のお話の続きです。

 

前回のヒントは参考になったでしょうか? 実はこれ、もう一本あります。

正解は・・・神社の鳥居の柱なのです。長さは8メートル。長いです。太いです。でも、この八角形からまだまだ製材されて最後は丸くなります。 

「どこの神社ですか?」

「黒田の春日神社や。」

「???」

  

花背へ行く途中、通って来たところでした。常照皇寺から東に477号線を行くと、下黒田→宮→上黒田→花背という道のりです。

この右京区京北宮町に春日神社があります。バス停は「宮(みや)」。お宮さんがあるからです。

このあたりは古代から藤原家の領地であり、その所以で春日神社を御詣したとされ、地域の氏神さまとして親しまれています。

道路に面した鳥居の傍には古木が大きく枝を広げていました。

桜で有名な常照皇寺ですが、ここは知る人ぞ知る、桜の名所。それが「黒田の百年桜」なのです。 

 

一本の木から一重と八重が咲く、とても珍しいヤマザクラの変種なのだそうです。

かつて、春日神社の境内には樹齢350年以上とも言われる桜の大木が植えられていました。ところが、明治6年の台風で倒木してしまい、これを惜しんだ村人が一本の八重桜を跡地に植えたところ、このような突然変異がおこったと言われています。

突然変異種は種子が取れないため、桜守で有名な植木職人の佐野藤右衛門親子が30年以上に及び苗作りに尽力しました。

苗作りは1977年に成功し、樹齢100年と明治100年に因んで「黒田百年」と命名されました。1983年には大阪造幣局の桜の通り抜け100年記念に子ども(若木)が植樹され、親木であるこの木も「黒田百年桜」と呼ばれるようになったそうです。

常照皇寺にも同じように変種の桜がありますが、これは「御車返し(みくるまがえし)」と呼ばれています。

都からお花見に来た帰り道・・・「今年の桜もきれいやったなぁ。」

「ホンマやなぁ。八重咲きが見事やったなぁ。」「・・・ん?一重やろ?」

「え?八重やで。」「わらわが見たのは一重やった、ほな、もう一回見に行こ。」「行こ行こ。」

・・・と、こんな会話があったかどうかは知りませんけど、見る者を惑わすほど不思議でとって返してもう一度見たくなるほど美しい桜なことに違いありません。 春が待ちどおしいですね。

 

鳥居の向かって左側に見えるのが百年桜で濃い目のピンク、右側は「松月」という淡いピンクの八重桜です。

そして今回のトピックはこの「鳥居」。

 

昭和42年に建てられたこの鳥居は45年もの間、黒田の町を見守ってきました。 

 

木造の鳥居の寿命は40年~50年と言われ、こちらの鳥居もかなり老朽化しています。

道路に面していることもあり、安全を考慮して春日神社創建999年、数え年で1000年の記念すべき年に新しく建てかえることになったのです。 

 

鳥居とは神社などにおいて神域と人間が住む俗界を区画するもの(結界)であり、神域への入り口を示すものとあります。

鳥居を建てる風習は、神社の建物がつくられる前から存在しており、その起源は木と木を縄で結んだものですが、お伊勢さんの夫婦岩も鳥居の一種なのだそうです。

その後、縄は横木となり、最上部のものを「鳥居桁」とも呼んでいました。

天照大御神(アマテラスオオミカミ)を天岩戸から誘い出すために鳴かせた「常世の長鳴鳥(とこよのながなきどり)」にちなみ、神前に鳥の止まり木を置いていたことが鳥居の「鳥」の語源と言われています。 

古くからの建築構造である「鴨居(かもい)」も横木ですから、何となく鳥と関連しているような気がしませんか?

 

境内に入ってみました。久しぶりの狛犬ちゃんです。「阿吽のあ」。

「あ、もうすぐこの鳥居も変わるんやなぁ。」

 

「うん。お疲れさんやったなぁ。新しくなった鳥居をくぐってお参りする人たちを迎えるのが楽しみやなぁ。僕らはちょっと剥げてきてるけど。。」

とか何とか。(笑) 

 

初秋の春日神社、本殿。百日紅のピンク色に夏の名残りを感じます。

いつの時も地域の人びとを温かく迎え入れ、心の拠りどころとなった素朴な佇まい。氏神さまも新しい鳥居を心待ちにしているのではないでしょうか。 

 

語り継がれる長い歴史の中で、この鳥居もまた、1000年の節目を刻む証となります。

樹齢およそ200年の杉の木は、伐採されて5年間、いや伐採される前から鳥居となるべく御神木として大切に守られてきました。

花背の製材所で丁寧に製材され、大工さんの手が入り、その時を待ちます。

京都で生まれ育った杉が、神々しく鳥居として宮の地に根を下ろす。こんなに素晴らしいことはないとNさんは言います。

守りたい京都の木、そして後世に残したい技。

途絶えさせてはならない日本の建造物の歴史は、大工さんの伝統的な技があってこそ紡がれて行きます。

書物でははかりしれない、コンピューターでははじき出せない、熟練の仕事がそこにはありました。

この続きは次回です。どうぞお楽しみに!

 

 

 

 

 

 

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