ブログ 北山杉の里だより

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北山・中川で一番アツい冬

2011.12.21  イベント 

去る12月16日金曜日。雪もちらつく今冬一番の寒さ。でも、まるで応援してくれるかのように青空が顔を出してくれました。

北山丸太生産組合の倉庫前はいつもと違って車がいっぱい。それに紅白幕が見えます。

そう、一年で一番倉庫がアツくなる、今年最後の市の日なのです。

 

いつもは何も置いていない倉庫の裏には原木の山が。

原木は皮を剥いていない、言わばスッピンの状態。加工してあるものよりお値段も安く、買っていただいた方が将来の用途に応じてお好きな長さにして使えます。「けた」は長さが必要ですので工務店からの要望がある場合などに備え、長いままで在庫しておけるのも強みですね。

 

 

三桁の数字は100番台、200番台など地域別に振り分けられており、赤いマジックで書かれたものはその業者さんがお買い上げ下さったという印。

 

分厚い皮の下には天然の絞りが秘められているものもありますよ。

スッピンでスラリとしたお嬢さん、マッチョな原木さん。いつかどこかで新しい家が建てられる時は綺麗にお化粧をして、北山杉ブランドを誇りに立派にそのお家を飾って下さいね!

  

さて倉庫の中は…ズラリと並んだ丸太やタルキ、買い求める業者さんや生産者達で賑わっています。

 

 「見て見て!」 この日のために丹精こめて育てられた丸太たちが美を競っているようです。

 

最初の列からせりが始まりました。振り子さんの大きな声が響き渡る中、生産者の皆さんもじっと見守っています。

 

 

お目当ての丸太になると、業者さん達の間では声のない指だけの静かな闘いが繰り広げられ、その動きを逃さない振り子さんの鋭い目でほとんど短い時間で一本一本の丸太が競り落とされて行きます。

 

この展示大会で林野庁長官賞を受賞した丸太が倉庫の高い天井を突き抜ける勢いで立てかけられています。その長さ9.3メートル。

 

緑の帽子は市の主催者関係、オレンジの帽子は業者さん。この帽子に三桁の番号札が付いています。

双方が真剣なまなざしでせりに臨み、不思議な動きで勝負が決まる白い手袋の指が眩しく見えました。

 

左右、全ての列を回ること数時間。広い倉庫に丸太の番号を読み上げる声がこだましていました。

 

 

最盛期と比べると静かになったのかも知れませんが、時代の流れです。それはそれ、今は今。12月の終い市は一年で一番アツい日。

何十年もかけて育てた丸太たちが晴れてデビューする日。

組合創立60周年記念の展示大会で受賞した丸太は完売御礼です。

遠くから来て下さった業者さん。有難うございました。

買い方業者さん、振り子さん、生産者の皆さん、本当にお疲れ様でした。

一年の締めくくりとも言える市を終えて中川にもすっかり夜の帳が下りる頃・・・

出荷準備のため、心を込めて焼印を押したりブランドシールを貼ったり。倉庫には遅くまで灯りがともっていました。

  

北山丸太展示大会を終えて

2011.12.20  イベント 

12月14日から組合展示倉庫にて行われました「創立60周年記念 北山丸太展示大会」は盛況のうち16日に最終日を迎え午前中、大会議室において表彰式が行われました。

各賞を受賞した丸太と生産者を以下にご紹介いたします。。 

「林野庁長官賞」 北山磨丸太 中田菊商店

 

 

  「京都府知事賞」 北山人造絞 堀阪商店

 

 「京都市長賞」 北山人造絞 南谷商店

 

 

「近畿中国森林管理局長賞」 北山磨丸太 森下武肆商店

 

 

「全国銘木連合会会長賞」 北山天然出絞 中田林業

 

 

「京都市森林組合組合長賞」 北山磨丸太 森勘商店

 

 

「京都北山丸太連合会会長賞」 北山人造絞 辻井林業

 

 

「京都北山丸太生産協同組合理事長賞」 北山人造絞 松本林業

 

 

 「京都北山丸太生産協同組合理事長賞」 北山磨丸太 高峯銘木店

 

 

 以上が栄えある賞を受賞した丸太と生産者の方々です。

出品本数3,691本、椪数1,311椪(はい)。珍しい漢字ですが、「はい数」と言うのはセットのことです。1本だけの出品もあれば、丸太3本1セットとかタルキなら7本で1セット、というように出品されますので本数と椪数は異なってくるわけです。

 

各方面からの来賓をお迎えして、生産組合・中田理事長の挨拶で表彰式が始まりました。

 

 

 祝辞を頂戴し、各賞を受賞された生産者へ賞状が贈られます。丹精こめて育てたわが子とも思える丸太が優良であることが認められ、感動もひとしお。それぞれの生産者さんが、読み上げられる文面に感慨深く耳を傾けておられました。

 

 

受賞された方々へ、他の組合員の皆さんから暖かい拍手がおくられます。賞状のかたわらに丁寧に重ねて置かれた帽子と手袋。粛々と受け取られた気持ちが、あらわれています。

 

 素敵な賞状。創立60周年を記念する展示大会での受賞はいつまでもそれぞれの心に残ることでしょう。

この後、皆さんで昼食の時間を持ちました。寒い寒い日でしたが熱気で汗が出てくるくらい。

にこやかな顔が集まっての美味しい時間もつかの間、そう午後から今年最後の市が始まるのです。

さあ!気合を入れて~!Let’s GO…!!!

 

駅ナカ・北山丸太との出会い

2011.12.17  イベント 

ついこの前、12月に入ったと思ったら早いもので今年も残すところあと2週間。

クリスマスのイルミネーションを楽しんだり、ちょっと早めの忘年会だったり、日常生活以外の約束に街行く人々も心なしか、いそいそと歩いているように見えます。

そんなたくさんの人が行き交う京都駅で7日と14日、「駅ナカ・京のふるさと出会い市」に先月に引き続き出展しました。

場所は地下鉄の改札口前。

7日は前回と同じく小野郷の草もち屋さんと、そして14日は杉坂で北山丸太の木工品を製作されているKさんと一緒です。

木工品が並ぶと北山杉・・・!!って感じで存在感があり遠くからでも「何だアレは・・・?」

 

丹念に作られた椅子が目を惹きます。高齢の女性が「物干しするのに丁度こんなんが欲しかったんや~エエけど、お値段もエエなぁ」

ハイ、お値段は背もたれのないので4,000円ナリ。エエですよ~^^

 

他には小物入れや肩たたき、十分に乾燥されて背割りの入っていないコースターなど。どれもKさんの心のこもった手づくりの作品。北山丸太を知り尽くした方だからこそ、お値段にも信念があります。

 

夕方を待たずしてお客様が続々と来て下さいました。

コースターを10枚まとめて買って下さったり、お孫さんそれぞれにものさしを。

「北山丸太って、あの床柱の?」

着物姿の女性は両手にいっぱいの荷物を持ちながら花瓶敷きをご覧になって「ええわぁ。こんなんヨソにはあらへんもん。荷物多いけどもらうわ~」

涙が出そうな嬉しいお言葉。北山丸太をお嫁に出す職人さんの気持ちがチョッピリ解るような気がしました。

 

男性も興味を持ってお立ち寄り下さいました。中にはまな板を求めてくださったり、若い男性は小物入れをお買い上げくださいました。お家へのお土産でしょうか、それともご自分が使われるのか…スマートフォンやおしゃれな文房具を入れてみたらトレンドになるかも?

 

やはり年の瀬が迫ってきているからでしょうか、来年の干支・辰の置き物は完売。

手づくりなのでお髭や模様が一つずつ違います。可愛らしい表情や力強い顔、皆さん手にとってお気に入りの辰を選ばれました。

「嫁いだ娘が二人いるので、それぞれの家に」…優しいお母さん。(内心ホクホク)

「他の干支もあるのですか?」…シリーズで揃えたいですか?(内心ぜひぜひ!)

そしてカップルさんは一つずつ…どうぞお幸せに。北山丸太が結ぶ縁。

大掃除を終えて、いや忙しくてちゃんと出来なくても、玄関やテレビの横とか机の上にちょこんと乗せて新しい年を迎える…そんなそれぞれの家庭を思い浮かべてみるのでした。

そして一年間、たとえ埃をかぶってもずっとそこで家族を見守る辰クン達に「しっかりね、任せたで!」とのミッションを投じてお客様のもとへ。

 

「駅ナカ・京のふるさと出会い市」。

駅ナカという好条件のもと、こんなにもたくさんの方々と北山丸太との出会いがありました。

時代が変わっても木の放つ温もりは変わらない。

手のひらに感じる年輪の重みは、世代を超えて伝えることが出来たのではないでしょうか。

北山丸太を通じて人と人の出会いや会話が生まれた一日に「ありがとう」と感謝の言葉を。(でも足が棒^^)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うなぎの浜松、丸太の中川

2011.12.5  北山杉体験・研修 

11月の末に浜松からバンビツアーのご一行様がお越し下さいました。

「こだわり紀行」と名付けられたこのメニューは花と緑や森、原生林など自然美あふれた日本各地の名所をバスで巡る日帰りコース。特徴は一日の中で何か所も回るのではなく一か所に焦点をおいてじっくり深く探訪するというところです。

そしてこちら中川も「伝統の京都 北山杉の丸太磨き体験と案内人と巡る銘木・北山杉のふるさと中川」としてこのこだわり紀行にラインナップされました。

 

観光バスっていつ見てもいいですね~飛行機が苦手な私は遠距離の移動もバスです。時間にゆとりがないと無理ですけど。このツアーも浜松から片道5時間。中川に滞在している時間よりもバスに乗ってる方が断然長いですのに….短い時間でも満足して頂けますように。案内人、頑張ります!

 

バンビツアーのキャラクター「しかのすけ」クン。一般から募集して決まったお名前だそうです。元気いっぱいで愛らしいです。

 

参加されたのは15名。まずは生産組合で北山丸太や枝打ちを見学、丸太磨き体験などひと通りすませて昼食のあと、近くで天日干しと製材を見に移動しました。

 

ビシっと通った背割り。何のためにするのかも初めて知って「ほぉ~」と声が。

 

鋭い刃であっという間に背割りが。熟練の技です。

 

そしてバスで中川八幡宮へと移動、皇太子ご夫妻が来られた記念碑の前でパチリ。

 

お宮さんの紅葉も鮮やかな黄色で見ごろを迎えていました。夜までいて貰えないので残念ですが、現在ライトアップされていてまた違った美しさを楽しむことが出来ます。

 

やっぱり狛犬ちゃん。阿吽の「あ」は母親なのかな…子獅子を連れています。…ま、ここでは狛犬ちゃんをアツく語ることはしませんが^^

 

本殿に参ったあと、皆さん白杉のおじいちゃんのところへ。

 

 

お宮さんから徒歩で中の道を通って宗蓮寺へ向かいます。歩きながら「浜松にはこんな街並みはないよ」とか「うなぎはホントに美味しいんですか?」などと楽しい会話がはずみます。途中、現存住居の茅葺き家屋を見てパチリ。

 

ゆっくり来たものですから「遅かったなぁ」とご住職にチョットせかされて本堂を通り抜けて縁側まで通していただきます。

本来は檀家さんしか入れないところ。一同「わぁ~綺麗!!」

特別にお庭とそこから望む美しい風景を見ることが出来て、美味しいお茶もいただいて「もう動きたくないわぁ」って声が聞こえてきましたよ。

 

 

お寺を出て台杉に圧倒された後は、たわわに色づいた南天や咲き誇る山茶花を見ながら歩きます。

 

お寺を降りてきて高台から見下ろせば…

壮大な山々と中川の街並みが見えます。

 

近くで見ると大分くたびれてしまった倉庫群。でも歴史の重みを感じます。どんな風に使われていたのか案内人の説明を聞きながらパチリ、パチリ。

 

そこへ、しかのすけクンバスがお迎えに来てお名残惜しいけれどもうお別れの時間。

皆さん、中川を楽しんでいただけたでしょうか?北山丸太のふるさとはこんな所です。

私たちが浜松と言えば鰻、お土産はうなぎパイと思い浮かぶように、この日来て下さった方々も中川って聞いたら北山丸太!台杉!って思ってもらえたら、嬉しいな。

 

京都の秋と言えば有名どころの寺社仏閣に人気が集まりますが、街中の喧騒から離れて少人数でこんな風におしゃべりしながら歩いてみるのもまた、一味違っていいものかも知れません。

少ない時間でしたがお会い出来て良かったです。

浜松の皆さん、お疲れ様でした。またいつか、お会い出来たらいいですね。。

 

 

 

 

お知らせ 【組合創立60周年記念 北山丸太展示大会】

2011.12.5  お知らせ 

こんにちわ。生産組合です。師走に入り、皆さんお忙しい時期だとは思いますが、今月14日〜16日に北山丸太展示大会を開催し、14日には下記のとおり北山丸太展示品を一般公開いたします。どうぞお誘い合わせの上、お越しくださいませ。

 

      組合創立 60周年記念

北山丸太展示大会

優良な北山丸太約3,500本を一般公開いたします。

 

組合創立60周年の年で、また国連が定めた国際森林年に開催します展示会で、優良な北山丸太を集荷展示いたします。

ぜひ北山丸太の持つ趣きに触れていただき、艶やかな光沢、やわらかな風合いを感じてみて下さい。

 

日時 平成 23年 12月 14日(水)

     午前 9 時~午後 5 時

 

会場  京都北山丸太生産協同組合 展示倉庫

 

主 催   京都北山丸太生産協同組合

後 援   林野庁・京都府・京都市・近畿中国森林管理局・全国銘木連合会

          京都市森林組合・京都北山丸太連合会

 

【お問合せ】

京都北山丸太生産協同組合

〒601-0125 京都市北区中川川登74

TEL 075-406-2955  FAX 075-406-2823

紅葉・もみじ・MOMIJI

2011.12.1  北山杉の里 見どころ 

美しい紅葉を見逃したあなたに贈る風景。

言葉は何もいらない…ただ表情を変えながら見る者を魅了する、ひとつひとつの小さな命の前に。

 

 

 

 

 

 

誰もが、その完全なる造形美に圧倒される。

 

 

 

 

 

 

室内から望む風景。夕暮れがせまる。 

 

 見つめ合う、紅葉と美しく枝打ちされた北山杉。

 

 まもなく沈まんとする陽の光を惜しむかのように浴びながら金色に輝く葉。

 

 

そして一日が終わり夜の帳が降りてくる。

人びとが明日を迎えるとき、中川の木々たちもまた、新しいその顔をみせてくれるだろう。

 

撮影:2011日11月21日・京都市北区中川

 

 

 

 

未だ学ばざるを学び、聞かざるを聞く。

2011.11.30  北山杉の里 見どころ 

もうすぐ11月も終わり。緑から黄色、紅へと錦織りなす紅葉と北山杉のコントラストが見事です。

強い雨風がなければ、まだまだ楽しめそう。そして今度は散った葉も紅い絨毯となって去りゆく秋の趣があることでしょう。

そんな秋の日、中川の「弘法さん」を訪れました。

 

11月21日の午後。路地を抜け、山手に向かって歩いて行くと山茶花がピンクの可愛らしい花をたくさんつけています。 

北山杉を背に満開の山茶花のもと、紅葉やたくさんの植物に囲まれてひっそりと佇む弘法大師。辺りを掃除し、清めている女性の姿が見えます。

 

21日と言えば空海の命日。東寺で毎月行われる「弘法さん」の市は北野天満宮の「天神さん」と並びよく知られていますね。ここ中川でも毎月21日におばあちゃん達が集まります。

 

弘法大師の横にある建物、境内も方丈もない…けれどこれがお寺です。えぇ~?!中川にもう一つお寺があるの? 

中に入ると「西福寺」と書かれた表札?が土間に置いてありました。

西福寺(さいふくじ)…弘法さんがいらっしゃるから恐らくは真言宗のお寺でしょう。

 

お座敷に上がると、5人の女性達たちがお座布団を用意したりお湯を沸かしたり…そうこうしている内にアタフタとやって来られたのは宗蓮寺のご住職!あれれ~? どういうコト…?

 

かつては山中にあったであろう西福寺。誰かがご本尊さまをお連れして弘法さんと一緒にお祀りしたのでしょうけれど、現在は無人。定期的に中川のおばあちゃん達がお掃除したり弘法さんのお身拭いをしたりしているのだそうです。

そして毎月21日にはみんなで集まり、お燈明に灯が入り、蝋燭や線香に火をつけて宗蓮寺のご住職がお経を唱えてくださるのです。 それは般若心経。

 

おばあちゃんの一人がお経本を貸してくれました。「はんにゃ~は~ら~み~た~…」

 

真言密教の開祖、空海。室戸岬の御厨人窟(みくろど)で修行している間、海岸線が今より上にあり洞窟の中で目にしていたものは空と海だけだったため、空海と名乗ったという説があります。

時は平安時代の初め。密教を学ぶため唐へ20年の留学予定が2年で戻った空海は、「早すぎるじゃないか!」と帰国の許可が出るまで大宰府にて待機を課せられました。

嵯峨天皇の即位と共にようやく入洛した場所が槇尾山寺(まきのおさんじ)。ここで出家したとも言われています。

その後、高雄山寺(現在の神護寺)に入ったように空海はこの地域と深い縁があるので、中川に弘法さんゆかりのお寺があっても不思議ではありません。

 

今の時代になって新しく建てられたであろうこのお寺には弘法さんとかつてのご本尊が並べて祀られています。

お寺を守る者がいない今もその存在を大切にし、誰が誰を誘うというのでもなく、義務づけるのでもなく、代々おばあちゃんになるとここを訪れて引き継がれてきたこと。

けれども今では5人と寂しくなってしまいました。

宗派を超えてお経を唱えて下さる宗蓮寺のご住職はそんな信心深いおばあちゃん達の心の拠りどころであり支えのように見えました。

 

空海は決して20年の留学をサボって早く帰ったのではなく、わずか2年で習得したのかと思えるほど、唐より持ち帰った経典や文献、密教法具などは膨大な数にのぼります。

そして「請来目録」に記された「未だ学ばざるを学び、聞かざるを聞く」

この言葉に新しい世界に身を置き大きく見聞を広げ、吸収しようとした姿が伺えます。密教の導入だけでなく、最新の文化体系を日本の世に広げようとしたのです。

 

弘法さんとご本尊のちょうど真ん中には掛け軸の箱が据えられています。きっとお寺に由来する大切なものなのでしょう。

お経が終わるとそれぞれ頭の上にハンカチを広げ、ご住職がこれでそっと肩に触れてくれます。

なんか儀式みたいですけど、「これは無病息災を祈願していただいてるのかも」とか「弘法さんみたいに賢くなりますように」とかを思いながら、私たちも有難くしていただきました。

 

そしてお忙しいご住職はまたしてもアタフタと帰って行かれましたが、この後みんなでお茶を飲みながら誰それさんとこの誰々がどうしたとか、井戸端会議なお楽しみの時間を少々。

鍵をかけて帰った後…人気のない西福寺では弘法さんとご本尊が「今日もおばあちゃんらは元気で何よりや」なんて会話をしてるかも知れません。

 

空海は病を得た後も命をかけて真言密教の礎えを築くべく、力を尽くし全てのことをやり終えて835年、62歳で入滅しました。そして921年に醍醐天皇から弘法大師の諡号を授かりました。

しかし真言宗では、空海は即身仏となり高野山奥の院の霊廟で現在も禅定を続けているとされています。

毎年命日の3月21日に衣服を新しくする際、泥がついており今も諸国行脚の旅を続けているとも。

 

真言密教の普及だけでなく、庶民にも教育の門戸を開いた学校・綜芸種智院の開設や農業用ため池の改修、温泉の発見など多方面にわたり活動し、自然界の動植物にも精通していた空海。

菩提の砂の秘密を教えてくれたあの旅の僧は、もしや即身仏の弘法大師だったのかも知れません。

 

「未だ学ばざるを学び、聞かざるを聞く」。

この教えは言わば生涯学習。どんな世界にいても自分の知らないことに耳を傾け、吸収する気持ちを失わずに生きていきたい。

毎月、西福寺での「弘法さん」で宗蓮寺のおっさんと般若心経を唱えてみたり、おばあちゃん達に佃煮の炊き方を教えてもらうのだって立派な「学び」だと思うのです。

だからこそ、ずっと繋げて行って欲しい。

21日にはあの坂道をのぼって弘法さんに会いに来ませんか?

 

余談ですが…ことわざで「弘法も筆の誤り」 偉い人でも失敗する、誰にでも間違いはありますよ、って感じで言いますよね…でも本来は違うみたいです。

書家・文人としても知られる空海さん。

 -空海は天皇からの勅命を得、大内裏応天門の額を書くことになったが、「応」の一番上の点を書き忘れてしまった。空海は掲げられた額を降ろさずに筆を投げつけて書き直したといわれている。-

ぺっと投げつけた筆が見事「応」の一番上の点になったとは~「書き直し方さえも常人とは違う」というほめ言葉の意味も含まれているそうです。

さすが空海さん、お見それしました~(笑)

 

神様のおくりもの・菩提の砂

2011.11.22  北山杉の里 見どころ 

午後5時を過ぎると北山杉の里にも暗闇が押し寄せてきます。道路に表示してある温度は7℃…! ハンドルを握る手も冷たくなってきました。

ずっと菩提の滝の写真を撮りたかったのですが、9月の台風で菩提道が一部陥落し、長い間通行止めになっていました。先日、一時解除されたというのを聞きさっそく行ってきました。

中川に入って宗蓮寺と反対側へ行く道が菩提道。周山街道が出来るまでは京都へ出るのにこちらが本街道で、この谷間の細い道を通っていました。

その昔、北山杉の里の女性たちは頭に袋輪(丸いドーナツのような形のもの)を乗せ、その上に北山丸太や柴を載せて、徒歩で鷹ケ峰へと一日に一回、多い時は二往復もしていました。

そしてその売上げで、帰りにはお味噌や塩などの日用品を買って帰っていったのでした。

逞しい中川の女性とは言え、長く重く辛い道のり。北山丸太を世に出し、生活の糧としたその脚。菩提道は「女の道」とも呼ばれていたそうです。

そんな女性たちを思いながら坂道を歩いて行きました。…(私たちは何とも楽チンに途中まで車ですけどf^^;)

 

 山から滴り落ちる水。しっとり湿った道路沿いに「菩提の滝 入口」の表示板があり、そこから下へ降りていけるようになっています。

 

 結構急な斜面ですが、ちゃんと柵があり綺麗に整えられています。

 

 菩提川の水際まで降りて振り返ると美しく枝打ちされた北山杉と空が。もうザザザという勢いのある水の音が聞こえてきます。

 

 じゃ~ん!! 菩提の滝が現れました。光線が差し込まないので全体的に暗い中、真っ白な糸を何本も何本も引いたように流れています。冷んやりした空気と水音だけが辺りを包み、しばし見つめてしまいました。

 

 滝口から射す外光とそこから見える北山杉が幻想的。

 滝つぼに向かって勢いよく流れ込む豊かな水。

 透き通った美しい水。北山杉の色を映してか、紺碧のグラデーションです。ここで丸太を磨く「菩提の砂」を採取する光景がよく見られたそうです。姉さんかぶりにたちかけ姿の女性たちがシャベルで洗い砂を掬っている姿を想像してみます。

 

 赤砂山(あかごやま)から流れ来る赤砂は指でつまんで擦っているといつの間にか溶けるように粉になり指先でなくなってしまう、そんな砂です。雨が上がって2~3日した時が赤砂山の土をよく流してくるのだと言われていました。

 

思いっきり滝浴?を満喫して、帰りは滝に近い階段から上がって来ました。

 

 上からも滝が流れ落ちる様を撮ってみました。

 

道路の反対側にはお不動さんたちがひっそりと見守っています。 

 菩提の砂は言わば北山丸太のお化粧品。このやわらかい砂だからこそ木肌に優しく、行き先の決まった丸太は女性たちが心をこめて、ピカピカのツルツルにお化粧をしてお嫁に出されたのです。

お不動さん、どうして菩提の砂が丸太を磨くのにいいというのが判ったの?

 

 「それはなぁ。昔、中河村(現在の中川)で諸国行脚の僧が行き倒れとなったんじゃ。気品もある高僧なので中河の人たちがそれは親切に介抱して助けてあげたそうじゃ。半年近くも病んだらしいが、すっかり良くなって再び旅発つ時、こんな事を言われた。」

  

「中河村はお米がないのに永い間よくも親切にお世話して下さった。おかげさまでこのように全快できて、ただただ感謝のほかはない。何かお礼をしたいがご存じのとおり今の拙僧には何のお礼もできない。だが、この土地には菩提の砂というどこの土地にもない全く珍しい良い砂がある。その砂を利用して、あの杉丸太を磨いて商ったら必ずこの土地が栄えるでしょう。」

 

「村人は僧に言われた通りに菩提の砂で丸太を磨くと驚くほど美しく輝いたので、それから中河は磨き丸太で栄えるようになったんじゃ。僧は中河村に来る途中、気分が悪くなり水を求めて京道川に下り、その時にこの砂を発見されたものであろう。諸国行脚をしていられるので、各地のいろいろな風土や産物についてもよく見聞しておられたんじゃろうな。ふっふっふ。これで解ったかな?」

  

 ・・・このお話が伝説なのか逸話なのか、でも素敵な伝説と思いたい。

「ほんに、ほんに。お坊さまの言われた通りや」と目を輝かせて丸太を磨く人たち。

長靴もない時代、冷たい水に足を浸して一心に砂を掬う女性たち。

「女の道」から山々を見渡せば、遠い昔のそんな光景が浮かんでくるのでした。

 

中川の人たちにとって、菩提の砂は自然の神さまからのおくりものだったに違いありません。

だからこそ、お不動さんをお祀りして有難く、大切に、その恵みを受けてきたのでしょう。

今なお、たゆたい水流るる菩提の滝。その底に静かに眠る赤砂。

変わってしまったのは文明や科学の発達した生活に慣れた人間の方ですが、決して感謝の気持ちは失われていません。

山職人さんはお正月にお不動さんにお参りすると言います。この厳しい時代にそれぞれの思いを込めて。

 

 

「どうかこの美しい水が途切れることなく、伝説の砂を運び続けてくれますように。これからもずっと中川と北山丸太を見守っていてください。」

滝に向かって手を合わせると、杉木立の間にふっと、旅の僧の姿が見えたような気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

岩戸落葉神社・源氏物語 落葉の宮に思いを馳せて

2011.11.14  北山杉の里 見どころ 

朝夕は上空に冷たい空気が流れ込み、山あいは真っ白なもやに包まれます。お昼頃にはようやく晴れ間が見え、やわらかい暖かさにほっとする季節になりました。

ここ生産組合から国道162号線を京北に向かって車で2〜3分で小野郷へ。

そして大森への分かれ道を入ると道が細くなってきます。少しすると綺麗に刈り込まれた生垣とその中に聳える木々が見えてきます。

 

 生垣に近づいて見ると、もみじ・ひいらぎ・サカキなど幾種もの樹木で構成されていて、また違った趣きがあります。

 生垣にそって歩き、正面に回ってみると…

 大きな大きな銀杏の木に囲まれてひっそりと鳥居さんが佇んでいました。

 

 岩戸落葉神社(いわとおちばじんじゃ)。イチョウが見ごろを迎えています。とても小さな可愛らしい黄金の葉っぱが石段を埋め尽くして、時折風がさらって行ってはまた積もります。

 

岩戸落葉神社は、岩戸社と落葉社の二社からなっています。

岩戸社は小野上ノ町の氏神で、御祭神は小野氏が大切にしたことで知られる瀬織津姫(せおりつひめ)はじめ女神の三神。
落葉社は、小野下ノ町の氏神です。祭神は古来、源氏物語に登場する、落葉の宮を祀るといわれています。

 

巨大な石を真ん中に左側が岩戸社、右側が落葉社です。
それでは恒例の狛犬ちゃんwacthing!

 

左側が阿・吽の「うん」

 

右側が「あ」。大きく口を開けています。そしてこのスタイル…尻尾を立ててお尻を突き上げていますよ!

 

チョット可愛い恥ずかしいこのスタイルは腰を上げて今にも飛びかかろうというポーズで形状分類では「出雲構え獅子」型(crouching style)と言うのだそうです。

 

社の裏側も岩盤が剥きだしになっています。「岩戸」という名称と何か関係あるのかも知れません。

落葉社は、落葉の宮の隠棲地に因んで創祀されたと伝えられていますが、源氏物語の「小野の山里」を当地としたのは、後世の伝承であって確証はないそうです。

その源氏物語の「落葉の宮」はどのような宮さまなのでしょう…

それではしばし源氏物語の世界へと入ってみましょう。

 

朱雀天皇の皇女、落葉の宮は、柏木右衛門督(うゑもんのかみ)に嫁ぎましたが、柏木は同宮に心を染めることが出来ず、その妹の女三の宮に恋慕していました。

柏木は女三の宮のことが忘れられず、自分は「落穂を拾った」と嘆いたことから自分の妻につけたニックネームが「落穂の宮」。柏木(呼び捨て!)なんて失礼なヤツなんでしょう…!!

 

しかし、柏木はほどなく身まかり、傷心の落葉の宮は母とともに「小野の山里」に隠棲します。柏木はこの世を去る前に、親友であった光源氏の子・夕霧に「落葉の宮のことを頼む」と言い残します。今生の別れ、間際に浮かんだのは深く情を重ねることが出来なかった妻だったとは。そして真面目な親友によろしくね、とお願いするとは…柏木、少しはいいところもあったやん♪

 

間もなく夕霧が訪ねてきて、落葉の宮と親しい仲になっていきます…

実は柏木にはもっとけしからんことがあったり、それに纏わる出来事etc…このくだりは源氏物語 五十四帖の中で第三十六帖「柏木」から第三十七帖「横笛」と続いていきます。

因みにその次の第三十八帖「鈴虫」が現行二千円札の裏に印刷されている絵巻です。

興味のある方は源氏物語に触れてみてはいかがでしょうか?

 

 

天に向かって真っすぐに、そして大きく枝を広げている銀杏の木。

傷心を抱えゆかしい暮らしをおくる落葉の宮を見守ってきたの?…そっと幹に耳をあててみても静寂が聴こえてくるだけ。

黄金に舞う小さな扇を愛でながら夕霧のほのかな思慕に思いを馳せるのでした。

 

 

お知らせです♪

平成23年11月20日(日)、岩戸落葉神社のイチョウ祭りとライトアップが開催されます。

※午後1時より

【軽食コーナー】

コーヒー、やきいも、鯖寿司、草餅など茶店

【バザーコーナー】

小野郷で収穫された米や野菜、自家製漬物などの特産品、使用されていない贈答品などの即売

 

※午後5時~8時 ライトアップ

※午後6時~7時 奉納演芸会(和太鼓、合唱など)

日曜日にはこの写真よりもっともっと美しいイチョウが見られるはずです。

ここだけの話…午後5時から先着200名様、おぜんざいが無料でいただけます^^

そうだ!黄金に染まった岩戸落葉神社へ行こう…!

落葉の宮と夕霧がにっこり微笑んで迎えてくれるかも知れません。。

絞巻きサバイバル撮影

2011.11.11  生産作業 工程 

やっと11月らしい気温になり、晴れた日の夜は月も冴えざえとした光を放つようになりました。

先日JICAの皆さんも興味をお持ちだった人造絞丸太。その絞巻きの機会に恵まれ、ビデオ撮影に同行しました。

今回はお手伝いを兼ねていたのでたくさん写真は撮れませんでしたが、理由はそれだけでなく・・・

なかなかサバイバルな状況だったからですf^^; 途中まで車で移動したのですがそれすらジェットコースター気分。

職人さんは目指す北山杉に向かって山の斜面をスイスイ、私たちは、もうとうに到着している職人さんの気配めざして側面から道なき道をトロトロ。

途中で何度か立ち往生。見下ろせば…

ころころと転がり落ちそうな傾斜です。北山杉は密に植わっているように見えますが結構、間隔が広くてつかまりながらという訳にもいきません。

 

やっとの思いで合流、手による人造絞巻きを見せていただきます。

最初は梯子をかけ、天辺まで登ると梯子は蹴落とします。巻きながら足場をグッ、グッと下げていきます。

予め荒皮を全部剥いてから巻く方、剥きながら巻いていく方、職人さんにそれぞれのやり方があるようです。

今回は剥きながら巻いていかれます。一定部分を巻き終わるとカマでシャッ、シャッと皮を削り落とします。

腰に下げた籠の中にはたくさんの箸状当て材、針金、かまなどが入っています。

結構急な斜面でしょう。カメラマンさんも職人さんの細かな作業を見逃さじと真剣な表情。

この後、機械で巻く方法も見せていただきました。(現在はこれが主流)

この様に針金を巻きながら箸状当て材を差し込んでいきます。

左側に見えるのがハンドル、その内側に針金が固定してあり、ローラーで押さえながらぐるぐる回して巻いていきます。

身体も楽だし時間効率も良いですが、機械化された頃はローラーが木肌に食い込んでしまい、型が残ってしまったという苦労話も聞かせてもらいました。それでも一日に巻けるのはわずか7本。緻密で手間のかかる作業です。

 

最後に間竿(けんざお・3mの長さの竹)を合わせて長さを確かめたら出来上がり。箸状当て材がはずされるのはおよそ2年後です。季節を二度めぐり、どのように生まれ変わっているのでしょうか。

 

ところでサバイバル撮影と名付けたのは急な傾斜のためだけではありません。行く手を阻む生きた鉄条網。

「あいたたた!ナニコレ?」私の声に職人さん、「あ!それ気ィつけなあかんで~」

…と言われても、時すでに遅く足にまとわりつき、手で取ろうとしたらその手に食らいつき、そうこうしている内に腕にも袖にも絡み付き囚われの身。手のひらは穴だらけ…その正体はこれ。 

「蛇結(じゃけつ)」…地元の人はジャッケツとも呼んでいます。

何とも恐ろしい文字と響き。枝がもつれながらくねっている様を雌雄の蛇が絡みあっている様子に見立てて名付けられたらしいです。

【ジャケツイバラ】 学名 caesalpinia decapetala

日本原産、本州以南に分布、マメ科の蔓性。なるほど葉っぱはマメに似ています。ジャケツイバラ科と特定されることもあります。

 

種子は有毒ですが、「雲実(うんじつ)」という生薬としてマラリア・下痢に効能があります。

「毒をもって毒を制す」とはまさにこの事かも知れません。棘は様ざまな方向に向いていて、ひとたび刺さるとなかなか取れません。

その名前は鋭く丈夫な棘に蛇でも絡めとられてしまうという意味合いもあるのかも知れません。

そんな恐ろしさとは裏腹に4月~6月には可愛らしい鮮やかな黄色い花を咲かせます。(以下は資料画像)

 大きな木に絡みついて咲き誇る花。その姿は、ジャケツイバラ自身が大木であるかのようにその存在感をアピールしています。

藤の花が垂れ下がっているのに対してジャケツイバラは上を向いて咲くので、「逆さ藤」とも呼ばれているそうです。

 ジャケツイバラ。初めて知ったこの植物の名前。

山に入る職人さんは昔から「ジャッケツ」をよく知り、仕事を妨げるやっかいものとしてバサバサと切り落としています。

けれど斜めに削がれた切り口を見ていると何だか可哀想な気持ちになるのです。

切られてもなお、まるで生きた蛇のように絡みつき突き刺さる棘に底知れぬ生命力を感じ、彼らもまた自らを守るためにそうあるのだなぁと。

やっかいで恐ろしいジャケツイバラでも、その下で育つ植物は守られているのかも知れない。もしかすると、私たちの大切な北山杉を獣から守ってくれる鉄条網なのかも知れない。

そんな風に考えると、手のひらや指先の痛みも少しは和らぐような気がするのでした。

貴重な絞巻きを記録に残すため、サバイバルな撮影でしたがいやはや、自然は素晴らしい。

職人さんと山から学ぶことはまだまだ、ありそうです。

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