ブログ 北山杉の里だより

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花背から黒田の春日神社へ

2012.10.8  日記 

連休はどのようにお過しでしょうか?

お天気に恵まれ、行楽に出掛ける車で道路も渋滞しているようですね。 

昨年の今頃は北山杉の里で、あけびや栗など秋の風物詩を求めてカメラ片手に歩いていたのを思い出します。

 

一年を通して見ていると、自然の営みは変わらないなぁと感心する一方で、建造物などはどんなに手入れをしていても年月とともに、あちらこちらが傷んでくるのは致し方ないと思い知らされます。

 

先日、京都市域産材供給協会の部材確認に同行して訪ねた花背の製材所。

今日は作業場で見つけた、大きな太い柱のお話の続きです。

 

前回のヒントは参考になったでしょうか? 実はこれ、もう一本あります。

正解は・・・神社の鳥居の柱なのです。長さは8メートル。長いです。太いです。でも、この八角形からまだまだ製材されて最後は丸くなります。 

「どこの神社ですか?」

「黒田の春日神社や。」

「???」

  

花背へ行く途中、通って来たところでした。常照皇寺から東に477号線を行くと、下黒田→宮→上黒田→花背という道のりです。

この右京区京北宮町に春日神社があります。バス停は「宮(みや)」。お宮さんがあるからです。

このあたりは古代から藤原家の領地であり、その所以で春日神社を御詣したとされ、地域の氏神さまとして親しまれています。

道路に面した鳥居の傍には古木が大きく枝を広げていました。

桜で有名な常照皇寺ですが、ここは知る人ぞ知る、桜の名所。それが「黒田の百年桜」なのです。 

 

一本の木から一重と八重が咲く、とても珍しいヤマザクラの変種なのだそうです。

かつて、春日神社の境内には樹齢350年以上とも言われる桜の大木が植えられていました。ところが、明治6年の台風で倒木してしまい、これを惜しんだ村人が一本の八重桜を跡地に植えたところ、このような突然変異がおこったと言われています。

突然変異種は種子が取れないため、桜守で有名な植木職人の佐野藤右衛門親子が30年以上に及び苗作りに尽力しました。

苗作りは1977年に成功し、樹齢100年と明治100年に因んで「黒田百年」と命名されました。1983年には大阪造幣局の桜の通り抜け100年記念に子ども(若木)が植樹され、親木であるこの木も「黒田百年桜」と呼ばれるようになったそうです。

常照皇寺にも同じように変種の桜がありますが、これは「御車返し(みくるまがえし)」と呼ばれています。

都からお花見に来た帰り道・・・「今年の桜もきれいやったなぁ。」

「ホンマやなぁ。八重咲きが見事やったなぁ。」「・・・ん?一重やろ?」

「え?八重やで。」「わらわが見たのは一重やった、ほな、もう一回見に行こ。」「行こ行こ。」

・・・と、こんな会話があったかどうかは知りませんけど、見る者を惑わすほど不思議でとって返してもう一度見たくなるほど美しい桜なことに違いありません。 春が待ちどおしいですね。

 

鳥居の向かって左側に見えるのが百年桜で濃い目のピンク、右側は「松月」という淡いピンクの八重桜です。

そして今回のトピックはこの「鳥居」。

 

昭和42年に建てられたこの鳥居は45年もの間、黒田の町を見守ってきました。 

 

木造の鳥居の寿命は40年~50年と言われ、こちらの鳥居もかなり老朽化しています。

道路に面していることもあり、安全を考慮して春日神社創建999年、数え年で1000年の記念すべき年に新しく建てかえることになったのです。 

 

鳥居とは神社などにおいて神域と人間が住む俗界を区画するもの(結界)であり、神域への入り口を示すものとあります。

鳥居を建てる風習は、神社の建物がつくられる前から存在しており、その起源は木と木を縄で結んだものですが、お伊勢さんの夫婦岩も鳥居の一種なのだそうです。

その後、縄は横木となり、最上部のものを「鳥居桁」とも呼んでいました。

天照大御神(アマテラスオオミカミ)を天岩戸から誘い出すために鳴かせた「常世の長鳴鳥(とこよのながなきどり)」にちなみ、神前に鳥の止まり木を置いていたことが鳥居の「鳥」の語源と言われています。 

古くからの建築構造である「鴨居(かもい)」も横木ですから、何となく鳥と関連しているような気がしませんか?

 

境内に入ってみました。久しぶりの狛犬ちゃんです。「阿吽のあ」。

「あ、もうすぐこの鳥居も変わるんやなぁ。」

 

「うん。お疲れさんやったなぁ。新しくなった鳥居をくぐってお参りする人たちを迎えるのが楽しみやなぁ。僕らはちょっと剥げてきてるけど。。」

とか何とか。(笑) 

 

初秋の春日神社、本殿。百日紅のピンク色に夏の名残りを感じます。

いつの時も地域の人びとを温かく迎え入れ、心の拠りどころとなった素朴な佇まい。氏神さまも新しい鳥居を心待ちにしているのではないでしょうか。 

 

語り継がれる長い歴史の中で、この鳥居もまた、1000年の節目を刻む証となります。

樹齢およそ200年の杉の木は、伐採されて5年間、いや伐採される前から鳥居となるべく御神木として大切に守られてきました。

花背の製材所で丁寧に製材され、大工さんの手が入り、その時を待ちます。

京都で生まれ育った杉が、神々しく鳥居として宮の地に根を下ろす。こんなに素晴らしいことはないとNさんは言います。

守りたい京都の木、そして後世に残したい技。

途絶えさせてはならない日本の建造物の歴史は、大工さんの伝統的な技があってこそ紡がれて行きます。

書物でははかりしれない、コンピューターでははじき出せない、熟練の仕事がそこにはありました。

この続きは次回です。どうぞお楽しみに!

 

 

 

 

 

 

Facebookに参加しました!

2012.10.5  お知らせ 

10月4日より、Facebookに参加しました。

北山杉・北山丸太のこと、北山杉の里のこと、京都のことをお話ししながら、たくさんの方と触れ合いたいと思います。

あ、このブログのUPのお知らせもしますよ!

恐れ入りますがアカウントをお持ちの方は、「京都北山丸太生産協同組合」で検索してページにお入り下さい。準備が整い次第、こちらにもリンクを貼ります。

今後ともどうぞ宜しくお願いいたします。

 

京都の木を京都で使おう!花背の製材所

2012.10.4  日記 

せっかくススキを調達し、お月見だんごもお供えしましたけれど、無粋な台風のせいで中秋の名月は楽しむことが出来ませんでした。

今回の台風第18号の名前は「イーウィニャ。」ミクロネシアの嵐の神から付けられています。

もともと台風に名前をつけ始めたのはアメリカ合衆国。カリスーン台風、ジェーン台風のようにABC順に頭文字をあてた女性の名前をつけていました。やっぱりどこの国でも女性は恐ろしいから?(笑)

現在は、アメリカ合衆国とアジア各国で組織された「台風委員会」でそれぞれに名前を出し合って、1番目から140番目まで台風の名前を決めてあります。140番目の名前まで使い終わったらまた最初に戻るというわけ。

ちなみにこの140個の中には、日本から出されたテンビン・ウサギ・ワシ・カジキ・ヤギ・カンムリ・クジラ・コップ・コンパス・トカゲの10個が含まれています。

すでに発生している台風19号の名前はフィリピンから出された「マリクシ」。速いを表すフィリピン語だそうです。これが140個の中の10番目で、19番目に日本の「ヤギ」が登場します。やぎ座からとったらしいですけど、「ヤギ台風」はチョット、という気がしますね。

いずれにしても台風は発生しないに限ります。出来るだけゆっくり、140個の名前は巡って欲しいものですね。

前置きが長くなりました。草もぼうぼうと伸び、夏の暑さを乗り越えて来たからでしょうか、 少々お疲れ気味のように見えます。

けれど、のどかな風景や上桂川のせせらぎがひと時の清涼感を与えてくれる・・・ここは左京区花背。

先日、北山クラフトさんへお邪魔した帰り、供給協会の部材確認に同行して原地町にある花背製材所を訪れました。

 

広い敷地に原木や色々な板材が並べてあります。 こんな風に木材を保管したりトラックやフォークリフトが搬入のために出入り出来る場所のことを「土場(どば)」と言います。

 

こちらも京都市域産材供給協会 みやこ杣木(そまぎ)の生産事業体。

これまでにもいくつかご紹介してきましたが、生産事業体とは、木材処理加工施設を有し、地域産材の原木丸太等を調達し、地産・品質・性能等の表示の対象となる木材製品の生産及び加工を行っている事業体を言います。

生産事業体では、加工する木材製品が地域産材とわかるように管理責任者を定めるなど、適正な製品管理を行っています。

京都市の補助制度である、みやこ杣木の提供を受けるには厳しい審査を通らなければなりませんが、それだけ品質管理の行き届いた京都の木であると言うこと。そして提供を依頼した生産事業体への部材確認はとても重要な仕事です。

 

花背製材所は構造材・造作材を幅広く扱っています。様々な形状、樹種の木材、特に杉の板物の取り扱いは多く、フローリングや羽目板については常に半製品で一定量のストックがあるなど需要に対して即戦力となる製材所です。 

 

今日も京都市産材供給協会部材確認隊は行く・・・ 

 

事務所の看板プレートも無垢板で、ぽこぽことある節が水玉模様のようで、温かい印象を受けます。。

 

事務所の中にはテーブルが。分厚い無垢板で、とても丁寧なつくりです。木目が美しいナチュラルテイスト。

N社長からのメッセージは「材質の良さをもっとわかって欲しい!」

見た目は曲がっていても、節が大きくても、クサリがあっても、木筋(木の質)が良ければそれらは個性でありアクセントとなります。

それぞれの木の持ち味や京都の木の良さをもっともっと世の中の人びとに知ってもらいたい。使ってもらいたい。

そこで、このようなテーブルも製作してみました。どれも一点ものですから、木目の表情はさまざま。この木が刻んでる歴史に想いをはせながら、ゆったりとした時間を過ごしてみたいです。

  

加工の作業場です。一定の幅に裁断しています。

 

花背製材所の特長は画一的でない、個性的な木材を多くストックしていること。

木の個性を大事にし、切旬(木を伐採するのに適切な時季)をできるだけ守って製品化しています。こういった素材の性質を見極める目利きがあればこそ、用途の可能性は広がって行きます。


Nさんは、京都の木を京都で使うことで、資源や利益を地元に還元することが大事なのだと考えています。先祖が大事に育てた木を、最も活かした用途で使いたいというこだわりがあるのです。

確かに使えばなくなる消耗品や、食べればなくなる食材と違って、木材が地産地消のサイクルを生み出すのは難しい。

けれど、「これは京都の木やで。」と親から子、子から孫へと見て触って聞いて伝えられることがそのサイクルの元ではないでしょうか。

それは無垢のテーブルだったり、リフォームした時の床材だったり、面皮の腰板だったり・・・

 

奥にはとても長い柱?が寝かされていました。

  

それは綺麗な八角形に面取りされています。一体、何になるのでしょうか・・・? 

  

その答えは次回のお楽しみに。

花背製材所の前の道には、まるで〇〇〇のように大きな杉の木が両側に並んでいました。これがヒントです♪(続く) 

 

 

 

 

 

 

ある秋の素敵な日。

2012.9.27  北山杉体験・研修 

天気予報では京都は最低気温19℃、最高気温は31℃と寒暖の差が10℃以上!水分補給や着るものの調節など、体調管理に気を付けないといけませんね。

秋晴れの今日、北山杉の里総合センターは2組のお客さまをお迎えしました。

 

先ず一組めのお客さまは「北区 住みよい京都をつくる婦人の会」の16名です。

 

「住みよい京都をつくる婦人の会」は人づくり21世紀委員会、幹事団体の一つで、1969年(昭和44年)11月13日に創立された女性の会。

京都市政推進のための活動を行うと共に、会員相互の親睦を図ることを目的に京都市内の各行政区ごとに自主的に組織された支部会員によって構成されています。

今日お越しになったのは北区支部の皆さま。日頃は消費者団体として活動する一方、住みよい京都のまちづくりのために教義講座を開催したり、一年に一度は京都や滋賀で研修をされるなど、様々な分野での地域活動に取り組んでおられます。

今回は北山杉・北山丸太についてよく知ろうと、北山杉の里総合センターを選んで下さいました。

DVDを見た後、丸太の種類や背割りの意味などをサンプルをお見せしながら説明します。一つひとつに大きく頷かれていました。 

 

研修の後は総合センター内を見学して頂きます。さすがに女性、クラフトや家庭用品に興味を持たれ、記念にとお求め下さいました。 

  

会長の柏井 郁子さん。鮮やかなオレンジ色がとってもお似合いの優雅なご婦人です。

実は、柏井さんは中川にとてもご縁のある方。6年前に他界された御夫君様は歯医者さんで長年、中川小学校の歯科の校医だったのだそうです。

何十年もされていたのですから、中川に暮らしている、もう子どもさんのおられる方も小さい頃柏井先生の前であ~んと口を開けていたかも知れませんね。

春と秋の年2回、一緒に来られて、先生が中川小学校で検診をしている間、柏井さんはお宮さんや川のほとりなど、近辺を散策されていたそうです。

「とても思い出深い場所で、ご縁を感じます。」とおっしゃっていました。 

 

センターの前で記念撮影。

北区に住んでいながら、北山杉の事を今まで知らなかった、とても勉強になったと言って下さいました。

北山杉の歴史や京都の木の事が、住みよい京都をつくる婦人の会の皆さまの今後の活動の中で生かされればいいなぁと思います。 

 

研修の後は楽しいランチ。そして常照皇寺まで足を伸ばされるそうです。

その前に・・・草もち屋さんへも寄られることになりました。気をつけて行ってらっしゃいませ! 

 

天日干しの丸太たちも気持ちイイ~と言ってる声が聞こえてきそうな秋の午後。 

 

二組目のお客さまは敦賀からお越しの「里山の会」12名。

自然を楽しむ方たちが集まって、日帰りできる範囲で勉強したりお食事の席を囲んだり。

同じくDVDを見られた後は倉庫を見学されました。

 

野坂山というところにたくさんの紫陽花を植えて「あじさいロード」を計画されているとか。

ところが、鹿が食べてしまってなかなかうまく行かないとのこと。杉の苗などもそうですが、近頃の鹿は何でも食べるので同じような被害に頭を悩ませている方が多いようです。でも、あじさいロード。完成したら是非行ってみたいですね。

皆さんはタルキの端材に夢中です。「きゃ~♪貰ってもいいの?」ワイワイガヤガヤ。

ご自宅のガーデニングに使いたい、とかあじさいロードに立ててみては?とか色んな計画が浮かびます。中には杖にすると言って長めのタルキもお持ち帰りになりました。

 

台杉畑で記念撮影。こんなの見たことない、と終始驚きと感動、おしゃべりが弾みます。

現在「古都」を読んでいるというおじさま。「読んでから来たかったけど間に合わんかった。」とおっしゃいましたが、この風景をご覧になった後で続きを読まれたら、きっと手に取るように浮かんできて小説が倍、素敵に感じられるのではないでしょうか?

 

 

そして、少し時間があったので、築80年の倉庫群へ行ってみました。皆さん並んでパチリ。

何とかこの歴史ある建造物に手を入れて、見学に来られる方がもっとその重みを感じられるようにしたいものです。

今の状態は…大分…ボロッf(^^);

 

最後は機械による皮むきを見学しました。何度も行ったり来たりする間に綺麗に皮が剥けて、白い木肌があらわれる様子を飛び散るミストも気にせず、くいいるように見つめる皆さん。

 

お名残惜しいですけれど、お別れの時間です。

今回はインターネットでこちらを見つけて下さったとのこと。この出逢いに感謝。

たくさんお話しました。「木彫りのネックレスとか作ってみたら?」「台杉の苗を販売してみては?」

などなど、提案も頂戴しながら楽しい時間はあっという間でした。

 

爽やかな秋の日は、爽やかで明るく、そして温かい二組のお客さまとご一緒してもっと素敵な秋の日になりました。

ご来場、有難うございました。また別の季節にもぜひ、お会いしましょう!

 

 

 

 

もうすぐ中秋の名月

2012.9.25  日記 

今年の中秋の名月は9月30日。各地で観月の夕べが行われます。京都の大覚寺などは有名ですね。

月の満ち欠けによって暦を作っていた太陽暦では7月・8月・9月を秋としていました。その真ん中である8月15日(旧暦)を中秋と言うのだそうです。

月を愛でる行事は、もともとは中国から伝わったものですが秋は空も澄み渡り、お月さまがより美しく見えることから、この習慣は続いているのでしょう。

自宅にもお供え用のススキを用意しなくちゃ、と大森にススキが群生していたのを思い出して行ってきました。

 

予想に反してもう穂が開いていました。傾いてきた西陽がススキたちを包み、キラキラと輝いています。

ふと、「何故ススキをお供えするのだろう?秋の七草の一つだから?」と思い、調べてみました。

月は昔から世界的に農作の守護神として崇められてきました。ハーベスト・ムーンとも言いますよね。

ススキを飾るのは、稲穂に似ているからで地方によっては稲そのものを使うところもあるとか。ススキの鋭い切り口が魔除けになるとされ、お月見のあと軒先に吊るす風習もあるそうです。

そして、さつまいもや里芋がこの時期収穫出来ることから、十五夜のことを「芋名月」とも呼びます。

このように月の満ち欠けを頼りに時の流れを感じ、農耕に役立ってきた月に感謝の気持ちを込めて収穫した農作物をお供えしたのが、もともとの中秋の名月のお供え物の意味だったのではないでしょうか。

 

貸農園のそばにある大森加茂神社。瀬織津姫をお祀りする神社ですが、石の鳥居をくぐると小さな小さな流れがあります。

平安時代には貴族たちが観月の宴を繰り広げました。舟遊びで歌を詠む・・・昔の人はお月さまを直接見るのではなく、水面に揺れるまぁるい月や盃に映る小さな月を見て楽しんだのです。何て優雅で奥ゆかしいのでしょう。

この前、中国の方が作った月餅をいただいたのですけど、中に鴨のたまごが入っていて半分に割ると黄色いお月さまがその中にいました。サプライズでもあり粋な演出だなぁと思いました。

ほかにも葡萄はつる性の植物ですから、月と人との繋がりが強くなり縁起がいいとか、色々な発見がありました。

いずれにしても、秋の収穫物はお月さまに感謝して、作って下さった人に感謝して、お供えしてから美味しくいただきましょう!

 

あぜ道にチカラシバがたくさん生えていました。

イネ科のこの植物、引っこ抜こうと思ってもなかなか抜けません。地面への力が強いから?抜くのに力がいるから?チカラシバと言うのかも知れませnf(^^);

だから穂の部分だけどギュ~っとしごいて丸めて「ほら毛虫~」とかして遊んだことを思い出します。

 

 

やわらかい青空が広がる午後四時。電信柱が長い影を落として、まるで民家へと続く線路のよう。

風が気持ちよく、農園で作業する方もあの灼熱の8月に比べたら仕事が捗ります。

加茂神社では自ら境内を掃き清める女性が。「自然とそういう気持ちになる」と車には帚と塵取りを積んでいるそうです。

自然に生かされているから、自然に感謝する。それは当たり前のことですが、なかなか普段の生活の中では実行に移せません。

季節ごとの風習も、ただ飾ったりお供えするだけでなく、意味を知ってからするのでは全然違うと思いませんか?

大森でススキも有り難く頂いてきたし、今年は収穫に感謝しながらお月さまを映してみましょうか。大ジョッキにだったりして(笑)

 

 

 

空を翔るデザインに対する想い・予告編

2012.9.24  北山杉加工品 

秋分の日が過ぎ、朝晩は寒さを感じるほどです。慌てて厚めのお布団を引っ張り出してきた方もいらっしゃるのではないでしょうか?

秋の日はつるべ落とし。だんだん日の暮れるのが早くなって行きますが、晴れた日の深い青空に描かれた飛行機雲を見ると、ユーミンの「ひこうき雲」を口ずさんでしまいます。世代が判ってしまいますね(汗;)

 

 

ところで、飛行機と言えば各航空会社には機内誌があるのをご存知でしょうか。

エールフランスは「Bon voyage(ボンボヤージュ)」、キャセイ・パシフィックは「DISCOVERY(ディスカバリー)」、日本航空JALは「Skyward(スカイワード)」、日本トラストオーシャン航空は「Coralway(コーラルウェイ)」、全日本空輸ANAは「翼の王国」・・・などなど、それぞれ特集やコラム、ビジネスからトレンド、観光やおいしいもの情報などが満載の雑誌です。

座席の前ポケットに差し込まれたそれは、必ず手に取って見る空の旅の友。そして毎月発刊されるので愛読者も多いようです。

 

 

先週、ANAの機内誌「翼の王国」でコラムを連載されている小泉 誠さんが北山杉の取材に見え、私たちは案内に協力し撮影に同行しました。

小泉 誠さんはとても有名な家具デザイナーです。1990年にKoizumi Studioを設立、家具だけでなくテーブルウエアから空間デザイン、建築に至るまで生活に関わる全てのデザインを手がけておられます。

また展覧会やワークショップ、デザインを通して地域にも関わり、大学でも教鞭をとるなど幅広く意欲的に活動されています。

「翼の王国」のコラムタイトルは「素材の素」。偶数月掲載の隔月連載で、その名の通り、小泉さんがデザインを手がけている作品や商品の素材がどんな歴史を持ち、どのように生まれているのか現地まで赴き取材するというものです。

毎回、小泉さんの驚きや感動、発見に対する想いが、その目で見たままリアルに伝えられています。

 

 

小泉さんと私たちとの出会いはこのブログでも昨年お伝えしました「北山スギプロジェクト」。京都の木、北山杉の活性化を目指し発足したプロジェクトに賛同し北山丸太をソファやテーブルの一部に使用した「イマトコ」をデザインされたのが小泉さんなのです。

このようなご縁で、「翼の王国」12月号の「素材の素」はイマトコに纏わる北山杉・北山丸太のお話をして下さるようで、その故郷に取材に見えたのでした。

小泉さん、ライターさん、カメラマンさん、アシスタントさんの4名が入洛。

 

整然と並んだ天日干しの丸太に歓声が。清々しい気候で取材日和でした。

 

手剥きの荒皮剥きをご覧になって、綺麗に剥れた杉皮がまだ生々しいのにも驚かれました。

 

磨丸太の原点の地とも言える菩提の滝は、変わらず豊かな水をたたえていたのですが・・・

 

7月の集中豪雨で菩提道は途中から通行止めで、滝にたどり着くまで歩くこと30分。何と、道路から下へ降りる石の階段がごっそり落ちていたのです。

 

無残な姿に言葉もありません。自然の驚異、恐ろしい爪あと。復旧まではかなりの時間がかかりそうです。

 

そんな状況にもめげない、サバイバル取材班! 捨て身の撮影に熱意を感じます。

 

撮影を終えての帰り道。下からアスファルトが持ち上がっていて、ものすごい水が押し寄せたことを物語っています。

今回は取材のための強行軍でしたが、足元もかなり悪いので皆さんは立ち寄られない方がいいと思います。

 

奥長谷で人造絞りの巻き付け加工した北山杉も撮影しました。ファインダーの中の「ハシ」はいい顔をしているでしょうか?

 

 

北山杉の苗床。鹿よけネットから熱心に見ているのは鹿じゃなくて小泉さん(^^)

 

「イマトコ」 京都でのデビュー、発売記念イベントは2月に里仁舎さんの新オフィスで行われました。盛況で、トークセッションもお部屋に入りきらないほどだったのは、まだ記憶に新しいです。

撮影の最後は高雄にあるモデルハウス。こちらにイマトコが展示してあるので、急遽のお願いに快く応じて開けていただきました。

 

 

和気藹々。北山杉に向かって空飛ぶイマトコを小泉さん自らヨイショ、いい笑顔です・・・っと、12月号の発行まで2ヶ月ちょっとあるとは言え、ネタバレになってしまいますから、このくらいにしておきます(笑)

イマトコの素材の素、北山杉のふるさとは小泉さんの目にどんな風に映ったのでしょうか。今からコラムがとても楽しみです。

発刊されましたら、またご紹介させていただきますね。今回は予告編ということで、取材現場の雰囲気をおさめたメイキングショットもその時に。

皆さま、お疲れさまでした!

 

 

小泉さんはデザインに対する想いの中で、「木の時間と人の時間の関係が程良いようです。」と語っています。

素材という意味では生まれてせいぜい数十年でも、手間をかけて道具となった木が使い手の手入れによって、ずっと暮らしの中で寄り添っている、そんな関係。

そして「適時適所」、その時間に適した素材を選び、その時間に適した流通をきちんと考えていく事が大切なことだと感じているとも。

北山スギプロジェクトから生まれた「イマトコ」もまた、まさにその想いをカタチにしたものです。

12月になるとANAに乗って小泉さんの北山杉・北山丸太への想いが空を翔けめぐります。たくさんの方が「翼の王国」をご覧になるといいですね。

寒さが増してくる北山杉の里から飛行機雲を見上げる度に、きっとそう思うはずです。とても楽しみ!

 

Koizumi Studioのホームページはこちら。

http://www.koizumi-studio.jp/studio_home.html

daily newsを始め、小泉さんの活動やワクワクなKoizumi Worldが広がっていますよ(*^_^*)

  

 

古刹の麓、U銘木店

2012.9.19  日記 

台風16号の影響でしょうか、お彼岸の入りだというのに真夏を思わせる暑さが続いています。

昨年もそうでしたが、寒暖の差がないと紅葉が遅れ美しく色づきません。「秋の夕日に照る山紅葉」と歌いたくなるような、そんな風景が待ち遠しいですね。

こちらも、だんだんと秋の気配が漂ってきた京都市右京区京北。北山杉の里とはまた違った広々と自然に包まれています。

先日、京都市域産材供給協会の提供材の確認に同行して、みやこ杣木(そまぎ)認証制度・生産事業体、中でも北山丸太を主に取り扱っているU銘木店を訪問しました。

 

すぐ傍には曹洞宗・永林寺の表参道入り口があります。

永林寺は全国にたくさんありますが、こちらは1456年に宇津備前守の発願によって、天陽文大和尚の開基と伝わる古刹です。

創建後は栄えたものの戦国時代の兵乱で焼失し、一時は僅かに本尊と寺地を残すのみとなっていました。その後1658年に再興されたと伝わり、現在はこの旧弓削村塩田の山腹にあります。

立派な鐘楼門を構え、境内には大黒さまの石像があるそうです。次回は是非、上まで行ってみたいと思います。

  

そんな古いお寺に見守られながら、U銘木店では今日も作業中。 

 

おお~丸太がいっぱい。提供部材はこちらに用意されているようです。 

 

以前にも書きましたが、京都市域産材供給協会は京都市内の住宅リフォームに対し、北山丸太を含む一定額の「みやこ杣木(そまぎ)」を京都市補助により提供しています。

年間を通して受付期間・件数は決まっており、審査も必要です。審査を通過し提出された計画書に沿って、みやこ杣木(そまぎ)生産事業体に提供部材を依頼します。

路地ものの京野菜を普通に食べたり、家庭菜園で育てるように、リフォームを通して京都に住む人が京都の木の良さをもっともっと知ることが出来たらいいですよね。 

 

特別に許可を得て、倉庫に潜入~(笑)

 

色いろな木があります。ビックリするくらい太い木や不思議な木。これは「根つき」と言われるもので、普通は伐り落とす部分ですが自然のままの姿をわざと残して。 

 

天然の曲がった木。銘木とは 形状・色沢・木理・材質などに趣があるために珍重される木材。まさにその通り。

U銘木店は「こんな木はないやろか。」と聞かれれば「ありまっせ。」という感じです。

 

供給協会のニューフェイス、Rちゃんがハグしても手が回りません^^逞しすぎます。

 

Uさんは様々なみやこ杣木に様々な加工を施して、その可能性を見出そうとしています。

「使こてもらうことが大事。」 家の中のどの場所で、どんな表情をするのか、設計図だけでは掴めない。

ですから、出来るだけお施主さんに見に来てもらっているそうです。

 

階段の途中に・・・何となく見覚えがあると思ったら、台杉です。磨いて色をつけるとほら、オブジェのようです。

  

2階には鉛筆箱のように丸太がきちんと並んで出番を待っています。

こちらの強みは何と言っても、ストックヤード的な存在であること。丸太は伐採してから乾燥、そして市場に出せるまでには最低3年はこの状態で置かないといけません。十分な乾燥と管理が、割れを防ぎ色艶を良くするからです。

ですので、求められるものがすぐに出せるように調整しているとのこと。これだけのストックを抱えるのは並大抵のことではありません。

終わりなき闘い。けれどそれが実力であり誇りであり、信頼を得ているU銘木店の姿なのだと思います。 

 

珍しい、縮緬(ちりめん)絞丸太。 

 

「裏山を見てみるか~?」と言われ、倉庫を後にしました。 

 

これは・・・普通の人造絞より当て材が大きな「変絞」 でしたね。通常2~3年巻いておくところが、変絞は5~6年、ほどいてからは10年選手に近いものもあるそうです。

 

 

永林寺に見守られ、山の神さまが舞い降りてきそうな塩田のふもとにあるU銘木店。

幻想的な雰囲気のかたらわ、ご自宅の周りには花が咲き、野菜が成り、たまねぎが吊るされワンコの家にニャンコが眠ってる。

そんな生き生きと、ほんわかした暮らしがUさんの大きな瞳に宿るエネルギーの源になっているのではないかしら・・・と思ったのでした。

 

お彼岸の入りとか中日とか言いますが・・・太陽が真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さが同じになる春分の日と秋分の日を挟んで、前後3日の計7日間を「彼岸」と呼びます。

「彼岸」はサンスクリット語の「波羅密多」から来たものといわれ、煩悩と迷いの世界である【此岸(しがん)】にある者が、「六波羅蜜」(ろくはらみつ)の修行をする事で「悟りの世界」すなわち【「彼岸」(ひがん)】の境地へ到達することが出来るというものです。

この期間に仏様の供養をする事で極楽浄土へ行くことが出来るそうですが・・・他力本願でなく、日ごろからお墓やお仏壇をきれいにする心のゆとりを「ストック」しておくのが大切なことですね。(了)

 

 

 

 

海蒼く 空また蒼き宮津より

2012.9.14  北山杉体験・研修 

9月も2週目に入ったと言うのに、日中は強い日差しが照りつけます。それでも湿度が低いからでしょうか、木陰に入ると風が心地よく朝晩も過ごしやすくなりました。

子ども達には遠足や運動会、文化祭。そして婦人会や敬老会など催しが多く、食べ物も美味しく天高く馬肥ゆる秋。一年のうちで一番好きな季節です。

 

だんだんと空が高くなり、千切れては流れる雲が、美しく磨かれたバスのウインドウに映りこんでいます。

今週の半ば、北山杉の里総合センターは元気で若いお客さまを迎えました。ボディには「Tankai」・・・

 

丹後海陸交通・丹海バスでやって来られたのは京都府立宮津高等学校、通称「宮高」の建築科3年生27名。

日本三景の一つ、風光明媚な天橋立で知られる宮津市にある高校です。

 

建築科・・・?と思ったのもその筈、宮高は府立で唯一、建築科を有している高等学校です。

建築全般に関する知識と技術の習得を目指す。ものづくりをとおして生きる力を身につけ、基礎学力を充実させながら、社会や産業の変化に柔軟に対応できる専門教育を実現する。

を教育目標に掲げ、施設・設備・講師陣ともに充実した環境のもとで学び、巣立った卒業生は各分野で活躍しています。

 

教育課程は1年次は普通科とほぼ同じカリキュラムで基礎学力の強化を図り、2年次からは希望進路に応じて教科や科目の選択が可能になります。

選択科目の学習内容は、工業技術基礎・建築製図・情報技術基礎・建築実習・建築構造・建築構造設計・建築計画・建築施工・建築法規・建築総合・課題研究とさまざま。

先生は「浅く広くですよ。」と笑ってらっしゃいましたが、今回見学に来てくれたのは色いろな勉強をしてきた、スゴ腕3年生27名です。

 

道中の時間を利用して、バスの中で北山杉・北山丸太のDVDを見てくれていたので説明は少しだけ。丸太サンプルで人造絞りの仕組みなどをお話しました。

北山丸太を見るのは初めてでも、彼らはとても木に慣れ親しんでいます。

それは建築科の取り組みである、地域に密着した活動を通してたくさんの「ものづくり」をしてきたからです。

その一つが「ままごとハウス」。

実習で製作する作品で、2001年から継続して、宮津や丹後のたくさんの幼稚園や保育園に贈られています。

  

「ままごとハウス」。大きさは約1メートル×2メートルで、地元の間伐材などを使って製作しています。

中には瓦葺きの屋根のものもあったり、それぞれ趣向が凝らされているようです。可愛いですね。でも立派なハウス!

宮高は昨年、避難所でのプライバシーが守れるようにと木製の間仕切りを贈るなど、東日本大震災への支援活動も行ってきました。

この8月には福島県郡山市内の幼稚園にままごとハウス3セットを寄贈。現在も園庭での遊びが1日40分までと制限されている中で、みんなが入れる小さなお家のプレゼントに園児たちは大喜びだったそうです。

現地で組み立てている間に触れ合って、仲良しになって笑顔がいっぱい。宮高建築科の心は、地域だけじゃなく遠く福島まで届いています。

これからもままごとハウスは色いろな所に届けられそして、卒業して行く彼らにとっても思い出となることでしょう。

  

 

倉庫にてパチリ。 

 

みんないい笑顔。 

  

カメラを向けるとポーズ。素晴らしい結束力!

 

将来は考えているの?の質問に、進学する、インテリアをやりたい、まだわからないなど・・・でした。夢は広がります。

 

今回、たっての希望があって磨丸太4本を寄贈させていただきました。地元の施設で日除けの柱になるようです。

北山杉の里から宮津へお嫁に行く丸太たちを眺める女子生徒。

 

どうやって3mの丸太を宮津まで運ぶの? 任せて下さい、丹海バスは太っ腹! 

 

こんな風になってるのですね。バスの側面両側に3枚の扉があって 、そこから荷造りした丸太をそ~っと入れます。

 

あら、先客さんが。

実はこの後、京都府立聾学校へ行かれることになっていました。地元の赤松で製作した展示用のパネル、40枚を寄贈されます。 

 

バスの中はこんな感じになっていて、丸太が転がらないようにロープでしっかり結わえます。

  

荷造りが済んで、聾学校へと向かう途中、杉阪口の台杉山へ立ち寄りました。

青い空、白い雲、緑の杉、生徒さん達、バスの赤。 コントラストが綺麗!

 

午後1時頃だったでしょうか、気温は31℃。カラッとしていますがジリジリと太陽が照り付けます。 

 

少し登ってみましょうか。台杉って何ナニ? 

 

日陰が恋しい彼らもカメラに向かってポーズ!

 

樹齢200年、300年・・・不思議な仕組みの母なる台杉を先生も見つめておられます。 

  

台杉山をバックに、先生もにっこり♪ 

 

まだ固いススキの穂もみんなを見送っているようです。

 

27名の生徒さん、そして先生方ともお別れの時間がやってきました。

「ものづくり」こそがこれからの時代、必要なこと。地域に密着した活動や被災地への支援、それらを若者に伝えようとする教育の姿は本当に素晴らしいと思いました。

何より、彼らは明るく元気。丸太と交換にパワーを貰ったような気がします。

これからどんな道を歩んで行くのか判らないけれど、培った知識や技術、友達、経験、すべてがあなた方の宝物です。

それらはきっと、北山丸太のように時が経つほど輝きと味わいを増して行くはず。。どうぞ大切にして、残りの宮高生活を楽しんで下さいね。

海の見える街・宮津へ  北山杉の里から愛と友情をこめて。

 

 

 

 

そしてチャレンジ体験最終日

2012.9.10  北山杉体験・研修 

まだまだ日中は暑さが残っていますが、だんだんと日が短くなってきました。

大森や京北方面では稲穂が頭を垂れ、金色に輝いています。北山杉の里にもたくさんのアキアカネが天日干しのタルキに止まったり、楽しそうに飛び交っている姿が見られます。

先週は衣笠中学校の野球部男子生徒4名がチャレンジ体験でいろいろな作業を手伝いました。金曜日が5日間の体験の最終日。

ですが、この日は京都市域産材供給協会の供給部材確認があり、花背へ同行しました。みやこ杣木(そまぎ)生産事業体である製材所のリポートはおいおいお伝えすることにします。

 

製材所へ向かう際に立ち寄った広河原。夏の名物・松上げで有名なところです。

緑に囲まれのんびりとした風情の中、不思議な建物が見えてきました。 

 

可愛らしい表札には「KITAYAMA CRAFT」。京の七夕でも一緒に出展した、北山クラフトさんです。

あまり時間がなかったし突然の訪問でしたけど、少しだけ中を覗かせていただきました。

 

 

扉には大きな鍵穴のような古墳のような窓が開いていて、木の招き猫が置いてあったり、何だかおとぎの国にやってきたような感じです。

 

真ん中の太い柱を中心に、パラソルを開いたような屋根のロウハウス。ここには材料や作品が無造作に置かれています。

この奥には作業場があって、オーナーの好田さんが「暑い、暑い」と言いながら作業をしておられました。

 

北山クラフトは「使い手の見えない家具は作らない」というポリシーのもと、完全にひとつひとつをオリジナルで仕上げる家具工房です。

お客さまの要望を聞き、時には暮らしのスタイルを観察にお宅まで出向くこともあるそうです。そして、愛着のある古い家具なども修復しながら手を加えて新しいものに生まれ変わらせます。

 

家具の製作の他に、先日ご一緒した京の七夕のようなイベントでは椅子や木工品などを出展しますし、北山杉の里総合センターでも北山クラフトさんの作品を展示・販売しており、ご要望も承ります。

この日は閉まっていたのですが、近くにある交流の森では小学校や婦人会の木工体験も指導されています。 

 

天然木の良さや表現力たっぷりの家具は、「お客さんに使い込んでもらって、どんどん味を出していくものですね。」と好田さんは言います。

木の事を知り尽くした職人さんだからこそ出来ること。遊び心もあり、時にはシャープだったり、体に優しい丸みだったり。それを使う人はその家具を大好きになって、だから大切に使う。まさに、一生ものなんですね。

 

裏には小さなログTOILETハウス(*^。^*)

 

「もうちょっと見ていたいなぁ。」名残惜しさを覚えながら北山クラフトを後にしたのでした。 

 

明け方降った雨のつぶでしょうか。花背は野に咲く草花さえも生き生きと、たっぷり美味しい空気を吸っているかのように見えました。 

 

そんなこんなでバタバタと戻ると、北山丸太生産組合の駐車場脇には・・・あらあら中学生たちがチャレンジじゃなくて休憩中^^ 

 

伐り出した丸太運びをはじめ、人造絞りの箸状あて材拾いやタルキの皮むきなどを体験して、すっかり山に慣れた生徒さん達。

鹿の白骨やムカデも出たし、脚にとまった蜘蛛にも平気!たくましくなりましたね。 

 

最終日の残り1時間は蜘蛛の巣掃除です。 

 

普段はなかなか出来ないことですが、職場の掃除も大事な仕事。看板や表札、玄関まわりは会社や家の顔ですから、清潔にしておくということを、この体験で学んでくれたら嬉しく思います。

 

もうすぐバスの時間、急いで日誌を書きます。

それぞれ手に持ったり並べてあるのは、彼らが磨いたタルキ。記念に持って帰るそうです。 一体、何に使うのかな?

 

 5日間の感想を聞いてみました。

「丸太運びが一番しんどかったけど、面白かった。」

「親方優しかった。親方に会いたい。」

「昼休み、川に入って水遊びが楽しかった。」

「もう終わりが残念。もっとやりたい。また来たい。」

などなど。男の子だからか、外での活動がいいのか、毎日帰ったあとも学校でクラブ活動をこなしてきたのに全く元気な彼ら。

家族ともチャレンジ体験について、たくさん話が出来たようです。

学校ではそれぞれの事業所で体験したグループごとに模造紙にまとめて発表するのだとか。それも見てみたいですね。

 

最後に記念撮影をパチリ。

中学2年生の夏。北山杉の里で汗した記憶はいつまでも残ってくれるでしょうか。

私たちは彼らの無邪気な笑顔を忘れることが出来ません。そして、北山杉のように真っ直ぐにすくすくと成長してくれることを願ってやみません。

皆さん、お疲れさまでした!

  

チャレンジ体験・野球部に伝説?

2012.9.3  北山杉体験・研修 

9月に入って朝晩はめっきり過ごしやすくなりました。リーリーと聞こえてくる虫の音は自然のBGM。

さて、秋の夜長はどんな風に過ごしましょうか? 趣味の手作りをしてみたり本を読んだり・・・きっと、この方たちは疲れでバタンキュ~だと思います。^^

今週9月3日の月曜日から7日の金曜日まで、生産組合ではチャレンジ体験の中学生を受け入れています。

「生き方探究・チャレンジ体験」は平成12年から京都市が推進してきました。

地域の事業所で、興味や関心に応じた勤労・職場体験、ボランティアなどの社会体験をすることで、自ら学び、自ら考えるなどの「生きる力」を身につけ、集団や社会の一員として自分の在り方を見つめ将来の夢を育めるよう支援するものです。

また体験学習の場を地域に求めることで、挨拶などを通して地域とふれあい、結びつきを深め、地域で子ども達を育てるという機運を高めていく狙いも併せ持っています。

 

生産組合は春と秋に受け入れを実施、山に入って職人さんと山仕事をしたり、なかなかハードな体験をしてもらっています。

 

今回は衣笠中学校の2年生男子4名、全員野球部です。

8月31日に行われた出発式では「杉立くん」が決意表明をしました。何てここにピッタリな名前!と思いましたが、彼も野球部ですが残念ながら別の事業所で体験しているそうです。

 

場所は京北の山国。急な斜面ではなく、作業は案外しんどくなさそうです。

ところどころに人造絞のハシ(当て木)が巻かれています。作業は何かな、ハシほどき?

 

あ!いたいた。丸太を運んでいますよ。足元悪いけれど二人で息を合わせていっちに、いっちに。

 

現場の職人さんが伐採をしています。

これは「シケ木(しけぎ)」。光があまり当たらず弱い木、葉からの水分調整がうまく出来ていない木、うねりがあったりして絞りには適さないと判断された木。

このあたりだけで使われる言葉かも知れませんが、元気がない、お財布の中身が乏しい時に「シケてるよね」って使う、あの「シケ」です。

 

伐採は職人さんの判断。十尺竿をあてて裁断します。元末の差が小さいほど、磨丸太としての明るい未来が見えて来ます。

 

彼らの仕事は、この裁断した丸太の運搬作業。傷つけないように、トラックのあるところまで運びます。

最初は一人で運んでいる生徒もいましたが、二人の方が効率が良いことを発見。これも体験で得られた知恵です。

大事そうに扱ってくれているのが嬉しくもあり、次から次へと休む間もなく仕事をこなす職人さんを見る尊敬の眼差しは、この体験がとても有意義であることを語っているようでした。

 

こんなものを見つけました。「鹿の骨や。」と聞いて驚きの声があがります。

でもどんなアクシデントがあるかわからない、生と死が見え隠れする自然界。そんな厳しい状況の中で、北山杉も人も切磋琢磨して生きる道を見つけようとしています。

 

午前中にこれだけ運びました。年輪のつまった、20年くらいはたっている木。

「君たちよりずっと年上よ。」「え~っ?」

「どうしてこの体験を選んだの?」「先輩が面白いって言ってたから。」

もしかして、野球部に言い伝えられる伝説のコースになるかもです♪

 

真っ白だった体操着もだんだん汚れてきました。

出発式で教頭先生が言われた「あへこじえ」は実行できていますか?

「あ」・・・あいさつをしっかりしましょう。

「へ」・・・返事は元気よく

「こ」・・・言葉遣いには気をつけよう

「じ」・・・時間を守る

「え」・・・笑顔を大切に

 

 

お昼休憩を前にちょっとドヤ顔。まだまだ午後も作業は続きました。

組合前に帰ってきた彼らに感想を聞いてみました。

丸太を運ぶのは大変だった、でも面白かった。

ムカデが出た。

職人さんはめっちゃ優しかった。

ハシを拾うのも面白かった、と手には一本のハシが。

午後4時のバスで彼らは衣笠中学校へと戻り、そしてクラブ活動です。全く元気な中学二年生。

「ありがとうございました!」と大きな声で挨拶して帰って行きました。「あへこじえ」の教訓もOK! 

さあ、明日は今日伐採した丸太の皮むきです。上手に出来るでしょうか。

彼らがこの仕事に関心を持ち、興味を持って作業できるようにあれこれと準備をしています。

苦しみの果てに喜びが。その時、心地よい疲れが。少しは野球と似ているかも知れませんね。

まだまだチャレンジ体験は始まったばかり。頑張って下さい!

  

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